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2010年05月16日
人は誰でも主役になれる。今。年齢関係なく。
こんにちは、ケイティクスの西沢です。
いかがお過ごしでしょうか?
私はいまに京都に来ています。
なんというか自分の人生に大きな転機を与えてくれそうな街と
いうような、そんな気がしています(^^
ところでこのメールの件名を見て、どう思われましたか?
ケイティクスのニュースレターには、60代70代、80代の
読者さんもいらっしゃいます。
みんな自分なりに英語とお付き合いしていることと思いますが、
私よりも人生の先輩でいらっしゃるそんな方たちに向けて、
今日のメールを書きたいと思いました。
もし、もっと若い世代の方でも、
「自分はもう年だ」と思っている人はいるかもしれません。
そんな人も、ぜひ読んでほしいと思います。
・・・・・
あなたは徳島県の「上勝町」という田舎町を
知っていますか?
山や谷に囲まれた過疎の村と言ってもいい場所。
人口の2人に1人は老人で、いわゆる後期高齢者と言う場所。
そんな街に、30年前に1人の青年が農協から派遣されてきました。
彼の名前は、横石知二さん。
気骨ある青年は「ヨソ者」と言われながらも一生懸命仕事をして、
上勝の土地に溶け込んでいきました。
しかし、横石さんは気づきます。
この村で、だれもが希望をなくしていることを。
雨が降れば、農家のおっちゃんたちが一升瓶をもって役場に
集まり、朝から飲んだくれて行政への不満や、愚痴を言い合う。
女性たちは、自分とこの嫁や近所の悪口を言う。
子供たちには
「よう勉強するんで。こんな村、はよ出て行かんといかん」
これは、良くない。
一番大切なのは、そこで暮らす人の「心」がどうなっているか。
そしてそれを高めるには、今まで以外の新しい「産業」が
必要だ…
そして横石さんは、出張先の大阪で見た
「刺身の盛り合わせ」に乗った「笹の葉っぱ」を見てひらめきます。
「料理屋さんでは、葉っぱや花が飾られている。
これはここでは、立派な商品なんだ。
村には、いくらでもこんなのは生えている。
これを産業にしたらどうだろう。
力のないお年寄りに辛い百姓仕事は無理でも、葉っぱなら
取ることができる。 葉っぱを売ろう!」
そう決心した横石さんは、和食のお皿に添えられる「つまもの」と
呼ばれるものとして使われる葉っぱを売る産業を作ろうとします。
最初は「葉っぱがお金になるか!タヌキかキツネじゃあるまいし」
とバカにしていた村の人たちも、1人、また1人と加わってきました。
そして、この葉っぱを売るというビジネス「彩(いろどり)」は
この田舎町を根本的に変えていったのです。
・70、80歳のおばあさんが、葉っぱを取ることで収入を得た。
「自分も、世の中の役に立てる!」と生きがいを得て、
どんどん働くように
・嫁の悪口を言ってた家でも、葉っぱの仕事を嫁と姑が協力して
仲良く行うようになり、1つのチームになっていった
・収入が増えるものだから、それでお孫さんや息子さんを自らの力で
援助していくお年寄りたちがどんどん出現。
・税金を納めるようになり、自分たちに自信がつき、葉っぱのビジネスを
高めるために、お年寄りたちが、パソコン、ファックス、携帯電話まで
使いこなすようになった
「横石さん、出て行った孫が、家族を連れて帰ってきてくれたんよ。
一緒にここで、手伝うっちゅうて…」
バラバラになった家族が、まとまりました。
そして前向きに自分の力を生かせるようになったお年寄りたちは、
人の悪口を言わなくなり、笑顔があふれる村になっていきました。
そして今では、他の都道府県から、
「この上勝で働きたい」と数多くの若者が志願してきているそうです。
1人の人のアイデアが、1つの村を変えた。
私は大阪で、この横石さんのお話を聞いて、涙を流しました。
…このお話、テレビでも放送されているのでご存知の方も多いかもしれません。
でも、今日のメールの本題はここからです。
・・・・・
どうして、こんな風にお年寄りたちがイキイキとしていったのか。
村がよみがえったのか。
単に、お金が稼げるビジネスがあったからということではないと、
私は思っています。
横石さんは、講演で話されているときに、1つのフレーズを繰り返し
語っておられました。
「人は、だれでも主役になれる」
上勝では、葉っぱのビジネスを通して、おばあさんおじいさんたちが、
「自分の人生の主役」になれる道を見つけたから、それが家族たちを
呼び寄せていったのです。
葉っぱの仕事をしている、85歳のおばあさんが、言ったそうです。
そのおばあさんは、将来いつか出荷できるようにと、
モミジや南天の若い苗木を、今も植え続けているんだそうです。
1本の木がまともに大きくなるには、それこそ10年単位の
時間がかかる。いま植えたとて、それが大きくなるのを、おばあさんが
見届けられるとは限りません。
けど、おばあさんはこう言いました。
「わしはね、いま、こうして『夢の種』を植えとるんじゃ。
木が大きくなるのは見れんかもしれんけど、子供や孫が、わしが
生きがいを持ってやってきた『夢』の形をここで見てくれる。
そして、自分でまた夢を持ってくれるかもしれん。
それを楽しみにして、夢の種を植えとるんじゃ」
…いかがでしょう?
私は、深く感動して「そうなのか。」と思いました。
そして自分はまだ、何も知らなかった、と。
語学というのも、木と同様に、育つのに時間がかかるものです。
そして、もし、60代、70代になってから英語を始めたりしていた
場合は、目立つような成果をすぐに残すことは難しいかもしれません。
しかし、大切なのは、そこで自分自身が
「どんな風に生き生きしていくか」
「どんな姿を、後の人たちに見せていくか」
と、いうことなのだと私は気づきました。
「どうせ、もう○○歳なんだから、英語を今更やっても」
そんなことを言う人は、世の中に多いです。
ひょっとしたら、あなたご自身も、そんな言葉に
やられて気持ちを折ってしまうことがあるかもしれません。
でも、そんなときには、考えを変えることです。
「自分はいま、『夢の種』を植えてるんだ。
自分が打ち込む姿を、観た誰かがこの種から、何かを大きく育てて
くれるかもしれない。
そのために、いま自分が英語や語学であれ、他の何かであれ、
1つのことに打ち込むことには、大きな意味があるんだ」
と。
そして、もし、あなたが英語というものによって、
「夢の種」を植えたいと思うのなら、私のこのページも見てください。
じっくり読んでもらえればわかるとおり、私は
「誰にでも、その人なりのちゃんとした成果」が出るように、
これを作りました。
言い換えるなら、自分自身の「夢の種」を植えることができるように、
書いたとも言えます。
→ http://analyze.full-marke.com/af.do?ad=211bf9cc5773
「日本人はこんなに英語を話せないんです!」と脅したり、
あるいは無理やり「スゴいんです!スゴいんですこれは!」と
騒ぎ立てたりするようなものとは違って。
これから続いていく時間に、ちゃんと、あなたはじめ1人1人の
方が、自分の人生に「夢の種」を植えていけるように。
私はそう願っています。
→ http://analyze.full-marke.com/af.do?ad=211bf9cc5773
今日のメールは、だいぶ長くなってしまいました。
しかし、こういう時だからこそ、大切なメッセージを、
1度お送りしておきたかったのです。
英気を養われて、そしてまたこれから、良い時間を1歩1歩
お互いに積み重ねていきましょう。
ではまた。
最後まで読んでくれてありがとうございます!
西沢知樹
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